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稲盛和夫の家族構成まとめ!嫁は韓国系?子供は何人で仕事は何?

稲盛和夫さんの訃報が報じられましたね。

稲盛和夫さんは長年日本の経済界を支え、その功績は広く知られています。

しかしプライベートについてはほとんど語られることがありませんでした。

そこでこの記事では、稲盛さんのご家族についてご紹介していきます。

稲盛和夫の家族構成は?

稲盛和夫さんの家族構成は、妻と3人の娘の5人家族。

女系ファミリーだったようですね。

稲盛和夫の嫁(妻)について

では、まずは稲盛和夫さんを長年そばで支えた嫁(妻)をご紹介します。

稲盛和夫の嫁は韓国系?

稲盛和夫さんの嫁のルーツは韓国系です。

国籍は日本ですが、先祖をたどると朝鮮王朝に使えていた軍人につながるそうです。

由緒ある一族のようですね。

稲盛さんの嫁の朝子さんのルーツ

朝子さんの父親の須永長春さんは、農学博士で韓国の「農業の父」と呼ばれている禹長春(ウ・ジャンチュン)さんです。

朝子夫人の父親は“韓国近代農業の父”と称された須永長春氏(本名・禹長春)だ。東京帝国大学で学んだ農学博士で、京都のタキイ種苗の農場長などをしていた。戦後、李承晩・大統領(当時)に請われて韓国へ渡り、疲弊していた農業の立て直しに尽力したという。引用:NEWポストセブン

稲盛さんの嫁朝子さんの父、長春さん

長春さんは、須永家の日本人女性と結婚して養子に入り、朝子さんらを日本人として育てていくと決心したそうです。

稲盛和夫さんの嫁は、自宅に記者が押しかけても秘書やお手伝いさんに任せず自分で嫌な顔一つせずに、謙虚に丁寧に対応していたそうです。

稲盛さんと親交が深かったワコール創業者が朝子さんを評した記事があるのでご紹介します。

稲盛さんが師匠と仰ぐワコール創業者の故・塚本幸一氏は“稲盛君に物欲や出世欲、名誉欲がまったくなかったのは傾倒していた仏教からだけではない。謙虚で控えめな朝子さんの影響が強かったからだ”と評していました。もともと稲盛さんは世襲に批判的ですが、塚本氏は“もし稲盛君に息子がいても、朝子さんが世襲を許さなかっただろう”とも話していました」引用:NEWポストセブン

大企業の重鎮も絶賛の朝子さんが、素晴らしい奥方(嫁)だったことがうかがえます。

もしかすると朝子さんの根底には、朝鮮で長く続く儒教文化の影響があるのかもしれませんね。

稲盛和夫と嫁は見合い結婚ではなかった!馴れ初めは?

2人の馴れ初めはお弁当でした。

稲盛和夫さんは1958年12月14日に、元同僚の須永朝子さんと結婚しています。

当時の日本はお見合い結婚が多い時代でしたが、稲盛和夫さんと嫁の朝子さんはお見合い結婚ではなかったようです。

お二人の馴れ初めを調べてみました。

稲盛和夫さんと朝子さんは、同じ会社に勤めていた同僚でした。

稲盛和夫さんは、あるとき自分の机に置かれていたお弁当を「誰のものでもないなら食うぞ!」と食べたそうです。

ところが、それからは毎日、稲盛和夫さんの机の上にはお弁当が置かれるようになりました。

稲盛さんの食生活が良くないことを心配した、朝子さんの仕業でした!

朝子さんの人柄や親切心にすっかり惹かれた稲盛和夫さん。

稲盛和夫さんは1958年12月13日に退職。

翌日14日に須永朝子さんと結婚したのでした。

ちなみに稲盛さんは、結婚の翌年に京都セラミック(現京セラ)を創業。

世界の京セラも、当初は8人からのスタートだったそうです!

稲盛和夫さんは朝子さんに「だれも私についてこなくても、おまえだけは後ろからオレの尻を押してくれるか」と問いかけ、「いいですよ」と答えたそうです。

ステキなご夫婦エピソードですね。

稲盛和夫の子供は何人で仕事は何?

稲盛和夫さんの子供は3人で、全員娘さんです。

そして3人の娘さんは、稲盛和夫さんのような実業家ではないようです。

稲盛和夫さんの娘さんは、しのぶさん、千晴さん、瑞穂さんの3人で、

それぞれ結婚して稲盛家を出ています。

稲盛和夫さんの娘さんの仕事をお一人ずつ見ていきましょう。

  • 長女のしのぶさんは「稲盛財団」の副理事として、父親の稲盛和夫さんをサポート。現在は理事長になっています。苗字も変わっています。
  • 次女は表に出ていません。
  • 三女は長女のしのぶさん同様、「稲盛財団」の役員です。名字が稲盛になっているので、結婚後に離婚もしくは婿養子をもらったのかもしれません。
  • 稲盛和夫さんの娘の子供たち(孫)について、今回調べましたが特に何も出てきませんでした。

稲盛和夫の両親は?

父親は稲盛畩市(けさいち)さん、母親はキミさんと言います。

稲盛和夫さんは両親のことを、

「二人とも小学校しか出ていないが、すばらしい人間性を持っていた」と書いています。

では稲盛和夫さんの両親について見ていきましょう。

父親の稲盛畩市(けさいち)さん

父親の畩市(けさいち)さんは、鹿児島市で「稲盛調進堂」という印刷会社を経営していました。

稲盛さん曰く、父親は無口な慎重派だったそうです。

幼い頃の稲盛和夫さんは、自営の家業を手伝いながら世の中の仕組みや商売について学んだようです。

母親のキミさん

稲盛和夫さんは、母親のキミさんのことを芯が強く大胆な母だったと言っています。

次は、稲盛和夫さんとの母子エピソードです。

(稲盛さんが)相手に負け、泣きながら家に戻ったりすると、母は決まって理由を問い質す。稲盛氏が、自分は正しいのに腕力でやられてしまったと答えると「正しいと思うなら、もう一回行ってこんか!」と家から追い出された。

正しいと信じているなら負けずに闘うという精神は、稲盛さんが強い相手にも立ち向かって闘った姿と重なります。

稲盛和夫の兄弟は?

稲盛さんは5人兄弟説と7人兄弟説があります。

2015年にはプレジデント社のオンライン誌で、以下のように語っています。

稲盛氏は、家業の印刷業が繁盛していて比較的裕福な一家の4男3女の次男として生まれている。引用:President Online

一方、2019年7月のダイヤモンドオンライン誌上のインタビューで

兄が1人、妹が2人、弟が1人いて、家は印刷屋をやっていた。

と答えています。

両方ともご本人の弁のため真偽が不明です。

どちらにしても、今回情報が入手出来てご紹介できるのは兄の利則さんのみです。

  • 兄の利則(トシノリ)さんは京セラの専務を務められました。利則さんは2003年に74歳ですでに亡くなられています。
  • 妹さんや弟さんについては特定できる情報もありませんでした。

今回は稲盛和夫さんのご家族について、まとめてみました。

長年、日本の経済界に寄与された稲盛和夫会長のご冥福をお祈りします。